2013年3月12日放送

 
 「頑張ろう!宮城」番外編「あれから2年」亘理町荒浜地区!

2013年3月11日震災後2年を向かえ、「あれから2年」と題し
亘理町荒浜地区のあれから2年をお伝えします。


亘理町でも東日本大震災の被害が特に大きかったのが荒浜地区です。
2年経った現状は瓦礫が片付いただけで、これと言った復興が
感じられないのは私だけでしょうか・・・

今年の2月に建立された「鎮魂の碑」。
この地域で亡くなられた方々の御霊を供養すると共に
後世に伝える教訓としての願いが込められています。

先ずは荒浜の現状を知るために「災害復興センター」に伺いました。

お話しを頂いたのは代表を務める渋谷さん

嘗て、この地域に1400世帯ほどお住まいだった方々が
現在では凡そ50世帯が戻って居られるのが現状です。
魅力ある荒浜の再生が未来を創り、いずれは戻って来たいという
思いにつながって行けば・・・と構想を練り、
現実化へとご苦労を重ねておりました。


そんな中!いち早く荒浜に戻り荒浜の復興に尽力している方々も居られます。
2008年2月4日「いつかきた道ぶ〜らぶら」の折、「わたり温泉とりのうみ」の
近くの公園に建立されていた「えんころ節」(亘理町荒浜に伝わる伝統民謡)の
碑を見付け・・・

あの日「えんころ節保存会」の会長を務める「青柳照桃」先生のご自宅を訪ね、
不仕付けにも玄関先で「えんころ節」を聞かせて頂きました。
その折、一緒に静かに歌を聴いていた「愛犬ミミちゃん」の表情が忘れられません。

http://www.mmt-tv.co.jp/bandesu/teiban/burabura/080204.htm
(2008年2月4日の「ぶらり日記」)


そんな事を思い出しながら「青柳先生」のお宅を訪ねました。
周りの景色は変わったものの家はリフォームされ以前と同じ佇まいです。

玄関で待つと・・・変わらぬ笑顔で迎えてくれました。

震災当日のお話しを伺いました。青柳先生は地震の後 愛犬のミミちゃんを連れて
散歩がてら緊急避難所となっていた「荒浜小学校」に行きました。
その後津波が到来して、そのまま避難生活となったのです。
昨年の11月に仮設住宅から荒浜の自宅に戻られたそうです。
「愛犬ミミちゃん」の事を伺うと、仮設住宅でのストレスが原因か・・・
今年の2月に亡くなったそうです。

万感の思いを込めて「えんころ節」を歌って頂きました。

めでたき歌なのですが・・・ご苦労なさった2年間を想像すると
思わず涙が流れました。有難うございました。


次に訪ねたのは「鳥の海」を見渡せる海岸沿いで民宿を営んでいた「民宿 見晴」!

津波で何も無くなった「民宿 見晴」の跡地で・・・

見晴のご主人の奥さんにお会いしました。

民宿以外にも食堂をしていた「民宿 見晴」!
私も2009年5月11日「佳生のいつかきた道ぶ〜らぶら」で訪ねておりました。
http://www.mmt-tv.co.jp/bandesu/teiban/burabura/090511.html
あの時戴いた「鳥の海ラーメン」!忘れられない美味しさでした。

そして!アポ無しでお伺いしたにもかかわらず快く取材に応じて頂いたご主人!

実は、震災数日後 店を見たいと言うご主人の申し出でお店に行った時、
あんなに好きだった「民宿 見晴」の無残な光景を目にし
その後 体調を崩し3月16日に息を引き取られ帰らぬ人となったそうです。
気丈にも、奥さんは調理師の息子さんと「見晴」の再建を誓ってくれました。


次に伺ったのは「阿武隈川」の川沿いで食堂を営み、亘理の名物と言えば
「はらこ飯」が有名な「かとうや」さんです!
僕が産まれて初めて「はらこ飯」を味わったのが、この「かとうや」さんです。。。

震災後2011年12月5日に訪ねた時には、いち早く店の改修工事に取り掛かり
「12月の末にはお店を再開する」!と、ご主人は言っておられたのですが・・・
後日、不慮の事故 製麺機に洋服が絡み帰らぬ人となりました。

でも、その味と思いを引き継いだのがご主人のお嬢さんです。

父の命を奪った製麺機は使わず、手打ちの蕎麦を学び
新たな「かとうや」の看板メニューとして、のぼりを掲げました。

そして!お父さんの味を受け継ぎ、揚げたてトンカツを卵2個を使って
ふわふわトロトロにとじた「カツ丼」!絶品です。

娘さんが、最後に掲げてくれた言葉は・・・
「波も訃も 越えて守りし 浜のれん」!
どなたかが・・・「かとうや」さんの事情を知り
そっと郵便受けに入れてくれた言葉だそうです。


「荒浜に明るい希望の光が」・・・
津波の被害を受けた「荒浜小学校」の改築が終わり
生徒が荒浜に帰って来るのです。

そして!今現在「逢隈小学校」に間借りしていた卒業生達の
卒業式が3月19日「荒浜小学校」にて卒業式が行われる事が決定したのです。
そこに至る経緯を「荒浜小学校」の校長先生に伺いました。

便宜性を考えれば「逢隈小学校」で卒業式を挙げるほうが
楽なのですが・・・卒業生達のほぼ総意で決定されたそうです。
今年の卒業生達は「荒浜小学校」で新しい体育館が出来た時の
初めての入学生だったそうです。余計にその思いが強いのではないかと
校長先生は語っておられました。
本日も「逢隈小学校」の体育館で卒業式の練習の真っ最中!

休み時間に皆に喜びの声を聞きました!

別れの言葉の後、皆で「街は光の中で」という歌を歌います。

19日に行われる卒業式の笑顔と涙が見えて来るような
感動が有りました。。。素敵な卒業式になることでしょう。


「あれから2年」!この度の取材を通して、被災された方々が
僕達には想像も出来ない更なるご苦労があったのだと
改めて知る事が出来ました。
しかし、そのご苦労はまだまだ続くのです。
これからも番組では被災された方々と、しっかり寄り添いながら
歩んで行きたいと思っております。
お辛い中、多くの言葉を頂き感謝申し上げます。
有難うございました。

高橋佳生



もどる
 
前のページに戻る