特別版 2016年3月10日 あれから5年 雄勝!

 

震災から丸5年を明日迎えるにあたり!私は雄勝の町を訪ねました!

雄勝の人々に「宝の海」と言わせた!雄勝の海は、大きな津波に
壊され5年を迎えました。

辺りの海を見渡せば帆立や牡蠣の棚が並び、
あの日の事が嘘だったように穏やかです。
しかし、防波堤のところどころが崩れていて!傷跡はまだ生々しく残っています!


この海岸端で「みうら海産物店」を営んでいた三浦さんを訪ね
内陸の桃生に販売店と加工場を移した三浦さんに会いに行きました。
あの海の人が・・・この田んぼのど真ん中に!


震災後に会った!うつろな表情は無くなって晴れやかな笑顔で迎えてくれました!
店に飾られた雄勝の「船越地区」の写真!三浦さんの故郷の景色です。。。

私が「みうら海産物店」を初めて訪ねたのは
2008年11月10日のことでした。
(以下のURLは、その時の「ぶらり日記」です!)
第219回 2008年11月10日 “雄勝町”
その時!三浦さんはご不在でしたが、店番をしていたのが「今野清子さん」。。。

海水の生簀から帆立を取り出して!甘くておいしい帆立の貝柱を海水だけの塩味で
ご馳走してくれました。

しかし!その「今野清子さん」はあの日の津波にのまれ帰らぬ人となりました!
三浦さんは必死に聖子さん探しました・・・
震災から1ヶ月後、清子さんを御遺体安置所で確認する事ができたのです・・・

この日は!今野清子さんの墓参りに同行させていただきました。


そして!清子さんと一緒に10年以上働いていた
「今野玲子さん」にもご同行いただきました。

震災後!「何度も夢に現れても・・・何も言わないんですよ」と涙ぐみました。

そして!故郷の浜で働く清子さんの弟さんとも会う事ができました。。。


震災後!姉を探したくても車が無い、ガソリンが無い、
という中で必死に姉を探しだしてくれた事を
5年経った今でも三浦さんに感謝していました。。。

三浦さんは三浦さんで!清子さんが亡くなって5年経っても
親しくお付き合いさせて頂けることを感謝していました。。。


いろいろな思いを重ねて・・・あれから5年!
三浦さんは、元あった雄勝の海岸端に海水の生簀に帆立をいっぱい入れて
元通りの「みうら海産物店」をオープンしました。。。


初めて「みうら海産物店」を訪ねた時のように「帆立の貝柱」を
海水だけの塩味でいただきました。。。
美味いとは・・・甘いに似たり・・・雄勝の帆立!
本当に美味い〜〜〜!


「海のものは海の見える場所で売る」!これが三浦さんのモットーでした。


実は震災後!大崎市の「たから大使」版画家の大野隆司さんより送られた
一編の詩に曲を付けて、高橋佳生の東日本大震災復興支援ソング「復活の唄」の
CDを製作させて頂き売上金を「びっきこども基金」の
ご浄財とさせていただいております。

この歌の詞の最後に「嬉し涙を 嬉し涙を流せる日まで」という歌詞を
足させていただきました。

これは!震災後、全てを失った三浦さんが、
涙を堪えながら最後に私に言った一言でした・・・
「この涙は、嬉し涙を流せる日までとっておきます」でした。。。
そんな!三浦さんに・・・玲子さんに・・・お店で働く方に・・・
月に一度は山形から買い物に来てくれるお客さんの為に歌います「復活の唄」。。。


雄勝の!あれから5年・・・宝の海は戻って来ても!

多くの方々が故郷!雄勝には戻れないようです・・・
雄勝の10年後もしっかり見届けたいと思います。
皆様!ありがとうございました。



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